いつか記憶から零れ落ちるとしても

思いやりのある優しい男の子

キレイなものは遠くにあるからキレイなの


2人になってからしばらくは2人のファンも 2人を応援する という気持ちで一つになっていたけれど、ここ数年は何かある度に相手の担当を下げるようなことを言って対立(喧嘩)していて、流れてくるものを見ているだけでも疲れる…些細なことに目くじらを立てて楽しいんだろうか…
2年前に「2人組の宿命」なんて書いたけれど、出来たら対立構造は私は避けたい。でも難しいんだろうね。
とは言え、ここに色々書いてしまう私は精神が未熟で争ってる人達と変わらない気もするし、何より今一番顔を見たい相手がれんくんではなくなってしまってるところがあって、そんな私が言えることではない。


度々巻き起こる言葉の論争、今回は相方のTV出演での発言がキッカケだった。
『私が思う彼はそんな人じゃない』『私が知ってる彼はそんな人じゃない』『私の好きな人は○○な人だ』 『決めつけないで』と強く主張するのはまぁ結構なことなんだけど、人それぞれの思い描く・抱いている・見ている彼(像)があって、もしかしたら相方が語るイメージと意見が合う人も居るかもしれないし、そこまで怒ることなのかな。
『こういう風に言われ決めつけられると世間からそう思われてしまう』と言うけれど、良くも悪くも世間はそこまで彼らに興味がない。
『そう言われ決めつけられると彼の幅が狭まってしまう』と言うけれど、彼はそんなことで自分のやりたいことを諦めるほど弱い人間ではないだろ。
『彼を抑え込むために彼より優位に立つためにああいう発言をしてる』と主張するのも怖い。
仮にそうだとしてもそうでなかったとしてもあなた方より共に過ごしてきた時間・過ごしている時間は比べ物にならないくらい長いんだよ?となる。
2人が共に経験し乗り越えてきた物事なんかこちらには一生訪れない。
それに彼が負けるとでも?彼を舐めないでいただきたい。(誰ですか)
現に個人FC開設も50TAへの楽曲依頼も衣装も歌詞もステージセット等も本人が譲れないところ・挑戦したいことは叶えている。
そして、これらを通すには相方の意向を聞いたうえでのことなので、決して彼は相方に遠慮していないし(譲歩はあれど)相方に対し自分を抑え込んでいない。
50TAへの依頼はきっと今の相方ではないと快諾しなかっただろうし、まず依頼したいという希望も言えなかったんじゃないかなって思うんだよね。
確かに相方の方が色々上手(ジョウズ・ウワテ)だなと思う時はあるけれど、そこでどう動くかは本人次第で、『彼は優しいから相方に言われると動けなくなる』と言うけれど、もし動かないとなったならいくつか選択肢がある中でその選択を取ったのは本人なんだよね。
『同期やドラマ映画共演者スタッフの方が解像度が高い』という言葉まで流れてきて、本当に何様なんだろうと呆れてしまった。
相手によって見せる顔や振る舞いが違うのは意識・無意識でも異なるのは当たり前。どれもまごうことなき本人。
解像度云々言う人はあなたは彼の全てや本心を完全に理解しているんですね あなたは自分の全てを周りの人に等しく曝け出し見せてるんですねって思っちゃう。
私は彼が中学生の頃から見ていて、どうしても私の中にも私が見てるれん(像)は出来てしまっているので、相方の発言にも周りの評価にも思うことがない訳ではないけれど、所詮こちらに見せてくれる面しか知らない。
そして見せてくれる面に対しての解釈だって人それぞれ。
私の中だけでも27歳に至るまで何度か彼のキャラクターが変わっている。本当に本人が変わったのもある(本人の周りが言ってる)
だから人って(見てきた姿の)延長線上にあれど一定じゃないよと思う。これは誰に対しても言えるけどね。
あと、本人が本当にどんな人かなんてファンが100%わかってる・知ってる訳ではない。自戒も込めて。


久しぶりにああこういう雰囲気が嫌だったんだったと思い出した(苦笑)
相方のファンから言われるマイナスの言葉も彼のファンから発せられる嫌味な言葉も全部苦手。
でも、初めに書いた通り、苛立ってここに書いてしまう私も未熟で全然ダメだ(苦笑)
まぁ様々な人が居るから仕方ないと諦めるしかないのだろうけれど、私はなるべくフラットで居たいと思う。
長々書きつつも、今一番顔を見たい人が別にいる私が最も黙るべきではある。



君が咲いてる世界で




まいジャニの時の写真とか未だにスマホに残していて探せばすぐに出せるところとか好きだなと思った。
とは言え、月瀬永遠って名付けたことは忘れてそうだ(笑)
昔は下を向いて踊っていることが多かったし*1まいジャニでカメラにお尻を向けて怒られている時もあった。
でも、今では全部出来るようになっていて凄いねと思う。出来て当然の立ち位置、年数が経っているので当たり前なのだけれどこれまでの姿を思うとね。
本当に本当に大きくなったね。
中学の修学旅行と関ジュ全ツの愛知公演が被っていて修学旅行の途中で帰ったことも懐かしかったし(ジュニアであっても仕事優先でプロだなと思った。しばらくして途中で帰ることが嫌だった話をしていてちょっぴり胸が痛んだ。)窓ガラスを割ったことも頭が良くて(勉強ができて)テストの点数が良かったことも当時嬉々として語ってたけど未だに覚えていて同じことを嬉しそうに今も語るれんくんが本当に愛おしい。
東京に活動拠点を移すことになった時、れんくんは東京でやって行けるのだろうかと勝手に心配して勝手に不安になって勝手に考えて涙したこともあって(苦笑)本人も関西から出て行くことが不安だったんだなあと、当時感じ取ってはいたけれど改めて言葉にされると、当時の一つ一つの言葉を思い出して本音に近かったんだって切なくなってしまった。
れんくんにとって“過去”になったから話してくれたんだし、私にとっても誰にとってももはや完全に過去になっているから、今更何かを望むこと求めることはなく、過去であってそれ以上でもそれ以下でもない。
ただ、まだまだ子供で人に頼る側にいたのによく乗り越えたなぁと思ったし、その時を見守ることが出来てよかった。
色々なことがあった中ここまで歩んできてくれてありがとうね。



最後の松竹座で重岡くんとれんくんの絡みを見ることが出来た。昔から地味にこの組み合わせが好きで久しぶりに見れて嬉しかった。
緞帳が降りて来るのに下がらなくて怒られたりお箸の持ち方を教えてもらったり(笑)れんくんが本当に子供と言うかクソガキだった(笑)
27歳になったれんくんを お姫様抱っこ 普通の抱っこ 手繋ぎ、最後なんて重岡くん立ち位置反対側なのに側から離れなくて(笑)
今も昔も関西では色んな人にずっと守られてるね。
やっぱりジュニアとしてのスタートを関西で切ることが出来てよかったねと思わずには居られない。

それでも今回はゲストのようで、関西とコラボしてるれんくんに見えた。
関西という輪の少し外側に居るように見え、「異質」だった。
ノリや纏う空気に違いがあり、あぁもうここはれんくんにとっての「ホーム」ではなくなったんだと思った。

なにわ皇子として3人で並んで歌う姿を見ても1人だけ雰囲気が異なっていた。
2人は昔も今も一緒で同じグループということが大きいだろうけれど、ずっと拠点が関西で関西からのデビューと途中から東京で活動しデビューという違いもあるかなと思う。
愛しくない懐かしくない訳ではないけれど、当時とは雰囲気も空気感も“別物”と感じた。
関ジュで育った名残りを感じつつも東京で花開いた雰囲気があると言うか。もちろんどちらが良い悪いでもない。

れんくんが出た最後のクリパ、その時にもう松竹座(のキャパ)は良い意味で似合わなくなったと思ったのだけど、今ではもう立っていたことさえ幻ではないかと思うほどの風格があった。
原点の松竹座に立つ姿から関西から東京へジュニアからデビューへと経験を積み纏うベールがより気高くなった、そんな印象を受ける。洗練された研ぎ澄まされたオーラを感じた。
だからか、また参加して欲しいという感想は思ったより抱かなかった。
れんくんが楽しそうだったし参加し続けたいのならしたら良いとは思う。
キンプリで居るれんくんとは違うれんくんが見れるのは貴重だし(笑)

迷うことも悩むことも辞めたくなることも様々なことがあっただろうけれど、それでもれんくんが節目節目にアイドルを選び続けたからこそ今がある。
楽しそうに笑う姿をたくさん見ることが出来て嬉しかった。
かっこいいお顔が大好きだけれど、楽しんでいるお顔を見ると安心するんだよ。



永瀬廉さん、入所15周年おめでとうございます。
願わくばしばらくは みんなのアイドル で在ってくれますように



*1:お手紙に顔が見たいから上げてくれたら嬉しいって書いた覚えがある(笑)

もし君が全て忘れても




永瀬廉さん27歳のお誕生日おめでとうございます。

「ゼロからイチを作れる人のことは心から尊敬してる」と言うけれど、ライブ衣装を考える時にイメージに近い画像を検索したりブランドのコレクションを見たりして想像を膨らませるという行為は具現化する=生み出すことで、作るという行為であるから十分凄い、素敵だよ。
まず頭の中にイメージがある時点ですでに「作れる人」なのだからもっと誇ってくれてもいいのにね。そうじゃないのがれんくんらしいのかもしれないけれど。
個人FCを開設して今後どんな活動を行なっていくのかまだまだわからないけど、れんくんの考えや想いに少しでも触れることができたらいいななんておこがましいことを誕生日の折に思う。



お誕生日についてコンサートに入ってから書こうと思ったら去年と同様に数日経ってしまった。
と言うより去年はお誕生日お祝い以来何も書いてなかった…本当は色々書きたかったんだけどな。
アリツア終わった後のドームツアーは2人になって初めてのドームだったから初日とオーラスは絶対入ると意気込んでちゃんと入ったし、錦戸さんを見にNAハワイ誕生日沖縄も行った。まだ錦戸さん見てた?!とか興味ない人も居ると思うので余力があれば別で更新しようかな。
一応マイペースにれんくんの応援は続けていて、でもずっと払拭されなかった靄が濃くなるばかりで疲れて書くことを止めて、そしたら今日まで来てしまった…って、こんなことはどうでもいいね。





「27で大人やからな」って言うれんくん。
2回目のお誕生日お祝いという名のただのカイとファンによる茶番劇にも乗っかってくれたれんくんは確かに大人になったね(笑)


MCの最中に急に暗転。れんくんが慌てて後ろを振り向く。
バースデーソングが流れるとともにケーキが出て来た。
れんくんは嬉しそうだった。
制御ペンライトで客席一面に浮かび上がった「HAPPY BIRTHDAY REN」を見て大喜びしていて、お祝いできてよかったなあと思った。
最後にケーキと一緒に写真を撮る時に27と指で表したかったみたいで、ピースしてるカイの指を勝手に2とし、自分は7を作っていた(笑)
自らポーズを指定して何枚も撮ったのに「謎に脇の下にマイク挟んでた!」と撮り直しを頼んでいて、相変わらず写真にガチ勢で微笑ましかった。

ドラマや映画にたくさん出ているしドームでライブをやるくらい大きくなったなあとか 見た目も中身も大人になったなあとか思うし(当たり前)、中学生の頃とも高校生の頃とも本当にキャラがガラリと変わったなあとか未だに思うのだけど、それでも変わらないところがあって愛おしくなってしまうね。


去年に引き続きお祝いできて嬉しかったな。
好きな人をお祝いできるってこの上ない幸せ。
でも、それは当たり前ではなくて。
れんくんはアイドルだからお祝いするには向こうが何かしらこちらの前に出て来る予定がないと本人を目の前にしてお祝いできないわけで。
色んなところで色んな人から誕生日を祝ってもらったに決まってるのに、何なら近しい人からのお祝いが1番満たされる(すでに満たされている)だろうにカイ主導のファンによるお祝い(しかも2日遅れ)を真っ直ぐ受け取って素直に喜んでくれる。
こうやって喜んでくれるからお祝いできてよかったと心から思える。
そう思わせてくれる人だから好きなんだと思う。
何回目のお祝いか数えていないけれど、これまで何度もお祝いしてきて、毎回ちゃんと受け取ってくれて、今回は来年も祝ってとまで言ってくれて、ファンに手向ける優しさをずっと持ち合わせてくれている 嬉しい。



今回のツアー、Theaterから始まらないことや最後の最後にwow持って来ることや情緒のない曲の繋ぎ方等セットリストに不満はあるし、アイドルらしい衣装やお揃いの衣装を着る曲が少なくてやっぱり不満はある(苦笑)*1

だけど、なぜだか昔の記憶が思い起こされる瞬間が多く、気付くと感慨深い気持ちで見ていた。
5人時代の曲が結構あるからだろうか…でもそれなら前回の方がジュニア時代の楽曲も歌っていたのでもっと胸を打たれた。
本人達が好きだと公言していた曲やグループとして初めてチャレンジしたとされる曲、初めての主題歌シングル、デビュー曲(フル)そういった楽曲があったからかな。
昔のれんくんの踊り方(本当に初期)はひらのくんに似てたなあと思い出しちゃったり、マジタで踊りにくい衣装選んでいたなあとかトレトレは初めての主題歌シングルでセンターだったことと同時にのちに苦しくなった感情を思い出したり、シンデレラガールではデビュー時のハイタッチ会を思い出した。


シンデレラガールの2番はちょっぴり胸が苦しくなった。
デビューした時に幸せであって欲しいと願った その気持ちを思い出した。
思い出がありすぎると言うかれんくんから貰った感情が多すぎて私この人のこと大好きだったんだなと思った。
ドームという大きな会場でダンサーをつけず本当に2人だけで最後まで歌う姿を見たら涙が込み上げてきた 感極まってしまった。*2
周年でもないのに走馬灯のように初めて見た時〜デビュー時〜今まで色んなことを思い出してまさしく「君が想うより僕は君を想ってる」

こんな風に感極まって感傷的になってるとてつもなく気色悪いファンが居るなんてれんくんは全く知らないし、こんな気持ちにさせようなんて意図してないだろう。
と言うか知らない方が良い。*3
れんくんはにこやかに歌い踊り上げていた。
もはや次の曲がシンデレラガールの余韻を1ミリも残さないムーブでよかった(苦笑)


ソロのDarling、松竹でのsmack*4を彷彿させる と言うか延長線上にある感じがする。
ステップの足捌きも流れるような手つきも更に様になり雰囲気は大人になっていてこれまで培ってきたものと今の自分の色で魅せる。そして、どこかしっとり色っぽい。
ひらのくんの踊り方に似てた頃もあったし(ひらのに教えてもらってたから)5になってひたすら置いてかれないように踊っていたし2人になってしばらくはカイの踊り方に似た頃もあったし(カイに着いて行こうとしてるから)どんな時もれんくんの良さと言うかれんくんらしさも努力も見えて好きなんだけど、れんくんが自分を最大限に引き出し最上に魅せることが出来る振付・ダンスが大好きだよ。
れんくんの魅せ方が大好き。
指先の美しさ、ステップの美しさが映える。
見る度にうっとりすると言うか惹かれて行く、会場一体がれんくんで染まって行く感覚があってたまらなかった。
最後、電話のナンバー音に合わせて指を胸から鎖骨へ這わせるところが特に好き。




本人を守るのは本人の言動のみだなと思った去年。
何を選び何を捨てるかと言うか、何を守るのかと言うか。
個人FC開設に関して賛否両論出ているし、集金目的が過ぎるとも言われているけれど、今後の展開が今のところわからないのでまだ私は何とも言えない。
ただ色んなファンが居るとわかってるだろうにファンと喋ってみたいと思ってるのは本当に凄いなぁと思う。
本人はどう考え捉えているのかわからないけど、個人FCを作ったからには意図するしないに関わらずファンと向き合う機会が増えるだろうから、どこまで今のスタイルで突き進んで行くか怖くもあり楽しみでもある。



MEET CUTEの前に「出会った頃を思い出して」と言われ、中学生のれんくんを思い出していた。そんな頃を思い出してどうする(苦笑)となりながら、昔も今も 特別で最愛な人 だと痛感したんだった。
これからもアイドルでいてくれますように、そう願わずにはいられない。




*1:不満が結構多い(苦笑)

*2:当時2番が披露されることはあまりなくもどかしかったのもあって最後までフルで2人で歌っていて余計に。

*3:もちろん知るキッカケはないので問題ない(笑)

*4:12年前だと気付いて白目剥きかけた(笑)

ハートの矢印は君へ


2025.1.23 永瀬廉くん26歳のお誕生日おめでとうございます。

この一年ほどで青年から随分と大人の顔つきになった気がする。顔に深みが出てきた。
話し方も纏う雰囲気も落ち着いていることが多く余裕のある空気が漂う。場慣れや経験によるものに更に精神の成熟がプラスされ始めた感じ。裏ではどうか知らないけれど(笑)
中学生から高校生の時に変わって*1、高校生から大学生になって変わって、昔のれんくんのままだったら今どうなっていたかなぁとたまに思ったりする。

毎年言ってる気もするが、もう26歳だなんて信じられない。
中学生のれんくんを好きになった時、メロさがありつつこんなにアイドルとしてプロな成人男性になると想像していなかった。
気付けば20代後半に突入、あっという間。
とは言え、私は中学生のれんくんに今では考えられないくらい狂ったようにメロっていたので(苦笑)10年以上ずっと一方的にメロってることになる(苦笑)
ここまで応援して来れたのはれんくんが走り続けてくれたからで、10代(ジュニア時代)は嬉しいことも悲しいことも腹が立つこともあったし、今もれんくんに危うさを感じることはないと言い切れないけれど(むしろ最近は感じて怯えてる)何事も前向きに捉え取り組んでいて、れんくんから醸し出される波長みたいなものに安定感が生まれてきていてホッとしている。



お誕生日をお祝い出来るのは帝劇ぶりだと思っていたら、れんくんが「あまりライブとかで祝ってもらうことがないから。帝国劇場ぶりかな。」と話していて、帝劇でお祝いしたこと覚えてたんだ!と嬉しくなった。
あの時の高揚感と多幸感は特別。誕生日公演の中で一番楽しかった。忘れられない思い出の一つ。
こちらは良くも悪くも些細なことまで覚えているものだけれど、多忙なれんくんの記憶に残っていることが本当に嬉しかった。

ケーキに付いているロウソクの火を一本ずつ吹き消して行く。ロウソクを消す姿は少年のようだった。
かいに「26歳になったれん」と紹介されると「それは自分で言いたい」と初めからやり直す。
大事なことは自分の口から伝える・譲らないところがれんくんらしかった。

写真を撮る時にれんくんが「皆で撮ろう!ダンサーさんも一緒に!」と言う姿を見て、帝劇の時もジュニアの子達に「一緒に撮ろう」と言っていたことを思い出し、変わってないなあと思った。
その場に居る人を余すことなく輪に入れようとする。何の下心とかもなく。ただ純粋な気持ちで。
こういうところが好きだと思う。
でも帝劇の時は写真を撮りたいと自分のiPhoneを取りに行ってもらってたけど、今回はかいのスマホだった(笑)
「ちょっと待って」と捌けてなぜか勝手に他人(かい)のスマホを取って来て、そして普通に使った(笑)
そういう悪ガキなところも案外好きだよ。かいに嫌われないと良いな(笑)


ファンがハピバを歌い始めてワンフレーズ終わりかけた時に何が起きているか気付いた、その瞬間目を見開いてまん丸に、いたずらっ子のようなあどけない表情を見せ、瞳が潤みきらりと光った。
こんなに真っ直ぐにファンからのサプライズお祝いを受け止めてくれる、楽しそうにしてくれる。
そんなれんくんがとても愛おしかった。
最近はファンから寛大だとか立派だとか言われるくらい頼もしく包容力のある男性という姿が多かったように思うけれど、サプライズお祝いに気付いた瞬間のお顔は悪ガキの名残のある表情で少年っぽさがあり26歳の男の子だと思い出させられ余計に愛おしかった。


帝劇ぶりにお誕生日をお祝い出来てとても幸せだった。
幸せな気持ちにしてくれるところがまさにアイドル。
サプライズを受けたれんくんの破顔を目の当たりにして日頃こちらに見せてくれる姿は自分の立ち位置や立場を考えたうえでの振る舞いなのだと改めてプロだと思った。
れんくんは本当にとってもアイドルだね。

夜公演のファンもハピバ歌いたいよねとかいの優しさで夜公演でもお祝いすることになったけれど、サプライズお祝いは昼公演で終えたためかいが話している間ずっとマイクは入ってるしれんくんは着替えを終えて早々と出て来る。
出て来たれんくんはしょっぱい顔をしていた(笑)
でも、かいの話が終わっていないから靴替えに行くわと替えに行くフリをして乗っかって、後ろの階段で座って待機する。
その間ずっと困り顔と言うか何とも言えないお顔で聞いていた。
その様子は可愛かったけれど、お仕事モードだと反応も見せる表情も当たり前に違っていて、昼公演は本当に驚いて自然と出てきた反応なんだろうと愛くるしくなった。


ファンに優しい眼差しを向ける時もあれば、必死にファンサをせがむヲタクに呆れ気味に苦笑しながらファンサを返すお顔を見てああこういう顔もする人だったと思い出した。
変わらない一面や守りたくなる一面をたくさん見ることが出来た日だった。


公演終わりの夜遅くにお誕生日祝いとフォロワー200万人の記念だと称し、突然ソロインライを行った。
ソロインライのれんくんはまったりしていて優しくて好きだ。
と同時にこういうおっとりした一面をこちらにも見せてくれるようになったなあとも思う。
ソロインライにしてはれんくん比で長めの時間でコメントもしっかり読んでいて、こんな風に画面越しにも接してくれるようになったんだななんて思った。
いつもよりテンションが高めだったのもあるかもしれない。
冗談を交えたりファンを鼻で笑いながらもなんだかんだずっと優しくてたまらなかった 今までよりも甘くて見ているだけで蕩けそうだった。
やっぱり落ち着いたと言うか丸くなったなあと思う。
でもヲタク(コメント)のあしらい方が上手く、そこはアイドルとしての成長を感じた 惚れる 好き。

そういえば、ライブのコーナー内でかいがタ○プロの方に行かないでと言った云々の話が出た時に最後の最後に平静を装って「俺も行かないで欲しいよ」と呟いたのはかなりずるい。



正直去年はグループとしての方向性が私にはよくわからなくて、そのうえ本人の気持ち等も本業(アイドル業)やグループにベクトルが向いていないと感じ、それらを肯定できない私はもうファンではなく対象外なんだろう着いていくべきではないんだろうと思っていた。
エージェント制になった当初から懸念していたことが活動の中で表れてきたこともあり微妙な気持ちになっていた。
でも、私は萎えたり冷めたりしてても割とれんくんの誕生日公演に入ると熱が戻るのを経験済みで*2今回お誕生日お祝いの公演でやっぱりモヤモヤが吹っ飛んだ。単純だね(苦笑)
都合の良い簡単なファンだと自分でも思うし、またしばらくしたら着いて行けない無理と言ってるかもしれない(苦笑)
それでも、ステージに立つれんくんはかっこよさと可愛らしさ両方を持ち合わせていて愛おしすぎて愛すしかなかった。

先に書いたけれど(と言うかここや私のTwitter等を見ていたらわかるだろう)私の中に溜まった負の感情と靄が去年は何を供給されても消えずむしろ募る一方で、応援してきて初めてれんくん(に関する事柄)から少し距離を置いた。
けれど、コンサートで見たれんくんはれっきとしたアイドルで、昔に感じたれんくんが居るならどんな場所でも怖くない れんくんの立つ場所に行きたいと思った。
私のホームはれんくんなんだと心の底から思った。
俳優業ばかりだなぁとか衣装や曲がなんだかなぁとか色々思ってたんだけど(なかなかの悪態 苦笑)*3ちゃんとアイドルだなと思った。

こんなことを書きつつ、いつまた何のタイミングで心が折れて離れてしまうかわからないのだけど、今の私はれんくんに着いていきたい。
高揚感が凄くて、この気持ちの高まりを私にもたらしてくれるのはれんくんしか居ないと突き付けられた。

よくファンの人がれんくんはファン想いだと賞賛している。
確かにコンサートでこちらに向けるお顔は唯一無二と言うか他では見ない慈愛に満ちた表情・ファンにのみ向けられるあたたかさや優しさを感じるので、そうなのかもとは思っているのだけど、
かいが「(れんの誕生日お祝いがあると思って)廉のティアラここ(1/24)にかけてたでしょ〜!」と嬉々として話していたら、
れんくんが「かけてたとか言うな(嗜めるニュアンス)」と微妙な表現(言葉遣い)を注意していて、永瀬担(自分のファン)を守ってくれてるように感じ、優しさと頼もしさにキュンとした。
お仕事モードだから即座にそういった言葉が出て来るのもあるだろうけど、会話の流れでさらっと出てきたから当たり前のようにファンを大事にしてくれてると感じて好きが止まらなくなった(盲目 笑)


「26歳も頑張ります よろしくお願いしまーす」と軽やかに言っていた。
2人だから体調には気をつけようねと言うかいに対し、デュオだからどちらかが何かしてしまったらあかんからなデュオの宿命やからみたいなことを言っていたけれど、本当に体調と身辺*4には気を付けてね。
ステージに1人で立っている姿を見ながらまた重圧がのしかかっているのかもと思いつつ。
環境が変わってもコンサートができる有り難み*5を噛み締めながら立っているのかもしれないとも思いつつ。





昂った感情が久々で思わずそのままのノリで記したから、お誕生日おめでとうの内容とはかけ離れてしまった(失笑)
ライブ中に汗をかき髪の毛のクセが出て来てくるんとカールした襟足が可愛かったな。
本人が気にしている髪の毛のクセが表れてくるとれんくんも同じ人間なんだな生きてるんだなと思う(笑)
可愛くてかっこよくて愛らしくて大好きな人。
今年もマイペースに応援できますように。







シンデレラガールでファンが歌い始めると左耳のイヤモニを外し終わったら軽く微笑んで付け直す。
そんなれんくんが大好き。




*1:当時本人はファンに向けて変わってないよと言っていたが

*2:帝劇で何度も

*3:今も思ってはいる

*4:本当に本当に重要

*5:パンフレットでそういったことを述べていた

譲れない部分もそれぞれに




最近のファンの荒れ具合を見てると2人組の宿命だーって嫌な人間なのでつい思ってしまう(笑)某先輩2人組のファンもこんな感じだもんね(苦笑)争い?に参加してないファンも多くいるんだろうけどさ。


ソロ曲をいくつも出した後とかだったら受け入れられたのかもなあ。
まぁソロ曲なのだから何やっても自由という言い分はわかる。
でもソロ曲はれんくんの自我だと言われる中、コーラスや作詞までされたら、れんくんの自我とは?となる。
好き&仲良しの人達とやるということがれんくんの自我を指すのだろうけど、れんくんの要素100%の楽曲を期待してた・ソロ曲としては2曲目だから感じたかったって気持ちが消せない。我ながらめんどくさすぎるが(苦笑)
ソロ曲だけに関わらず楽曲(コンサートも含む)全般にれんくんが考えた・れんくんから出たアイディアを見たい聞きたい、れんくんが携わってることを感じたいと常に思っているので、ソロ曲に可能性をかけてるところもある。
あと、個人的には仕事と別って感じだから同期でつるむ雰囲気は平気だったのに仕事にも絡むとなるとなんか違う…って思っちゃう。
それにコラボが頻繁になるとだんだん新鮮さや面白味が薄れてくる…。
we areの時かいと離れ気味でれんの気を引くモードのかいになってたことが気になっていて。*1
れんかい2人とも互いへの依存はしないタイプだと思うし何ならアイドルかつ同じグループじゃなかったら親しくなかったタイプだと思うのだけど、だからってグループで受けてグループで出演する仕事の時くらいはグループへの意識を持って欲しいと思う。
5人居た時はれんくんの気の向くままでも問題なかっただろうけど今は良くも悪くも同じグループに所属してる人はれんくんを除けば1人しか居ないわけで。
多く求めすぎ縛り付けるなと言われたらそうなのかもしれない。けれど、2人グループとして安定しかけたところに昨年末の出来事(オブラートに包む)から揺らいでいる現状では思ってしまう。*2
れんくんは割と昔から自分の気持ち(好き)のベクトルを向ける(向く)のが良くも悪くも素直で真っ直ぐ。一直線。
だから同期が居るとすぐさまそっちに気持ち行っちゃうんだよね。*3

それと、コンサートで流れると必然的に同期を思い起こすことになるのもちょっとなぁ…私はグループで創り上げ織り成す世界にはグループだけで良い派なので。
先にも述べたけれど、ソロ曲がいくつもあってからのコラボだったり年数の経ってるグループであれば面白いと思えるんだろうけど。
でもまぁグループが2人しか居ない 早くに一旦解体みたいになってしまったからな…

しかし、曲名が解禁された時に「エロそう」「エロい」って勝手に決め付けて興奮してたキモいヲタクを結構見かけたからそれを蹴散らせたのは本当によかった!一刀両断気持ち良い!
すぐそういう方向に持って行く流れが好きじゃないから。


正直、今のところリード曲もピンと来ていなくて、食指が進まない…
キンプリに限らずだけど本人も歌手活動をしている有名著名な人による提供曲って提供された側より提供した人の色が濃くなるから微妙に感じてしまう…。
様々な色に染まることが出来るのもストロングポイントになるんだろうけど、キンプリの色が鈍る感じがあって個人的には苦手。
提供者の色と言うかその人っぽさが強く出る・前面に出ると言うか。その人らしさが強く、その人が得意とするものになりがち。
だから、提供した人が歌った方が良くない?素敵じゃん!って思うことが多い。
いや、その前に自分達の核みたいなオリジナリティと言うか自分の色・自分達を示す表す確固たるモノがこちら(私)には見えて来ない 毎回。何なら5人の時から。それがもしかしたらヒップホップになるのかもしれないけど(苦笑)
どれも私の個人的見解で我儘みたいなものだから、本人達がそれで良いなら良いんだろう。アイドルよりアーティストになりたいのかなと思う場面が増えたし。
でもアーティストだって何か一つ秀でたものや特色を持ってるものじゃないのかな。*4
一応かいが参加してるとは言え、私的には自分達のカラーや自分達の魅せたいテーマにもなるリード曲に持ってくるのかぁ…って感想(今のキンプリ担の主流から大顰蹙を買うワラ)


今年2人で一緒に取り組む姿をあまり見れなかったからちょっとモヤついてしまうんだろうな。
私はれんにもかいにもグループでいる姿をお互い好き勝手やってる分と同じ分だけ見せて欲しいんだよ。
これは本当に我儘だよね(苦笑)去年がグループとしての供給が多かったから余計にそう思うんだろうけど。
れんかいにとっては2人しか居なくて逃げ場がないので2人仕事(グループ仕事)を多く熟すのは色んな意味できついのかもとも思うんだけど、“裏で2人で色々やってます動いてます”ではこちらとしては見えないから……ってやっぱり我儘だね(苦笑)

上半期はそれぞれ個人の好きなこと・やりたいことをやっている感じで終わってグループに関しては空気だったけど、その好きなことやりたいことを通してグループにもたらしたことはあったんだろうか これからわかるのかな…と8月の終わりに思ったのだけど、変わらなさそうだな。。

お互い好き勝手やってたらグループをグループとたらしめるものは見えにくく掴みにくくなって、好き勝手やってたらファンも自分の好きな人の方に気持ちや考えが傾くのは然もありなんという話であって、ほんと2人は2人でどこを何を目指してるのかがわかんないや(これ昨年末から言ってるワラ)
グループに籍だけ置いてるみたいな感じに見えちゃうと言うか何と言うか…

ただれんもかいもお互い自分のやりたいこと好きなことを優先してひたすらやってるからお互い様ではと思う。
2人を応援してるファンの気持ちは知らないわからないけど、本人達はお互いに好きなこと出来てるから満足してるんだろう。
だから結局全て私(ファン)の我儘なんだろうなとも思っている。





俳優業が一番だという言葉を見聞きし、私は歌って踊るれんくんを見て好きになったからアイドル業も頑張って欲しい。そう思う2024年秋。
もちろんこれも私の我儘だと知っている。


*1:気のせいかもしれない

*2:我儘だね

*3:私の考えすぎかもしれないが

*4:アーティストでもなく俳優になりたいんだろうなと感じる

傷つけない方法を見つけたい



ここや私のTwitter・ブルースカイを見てる人なら気付いてると思うけれど(居るかは知らない)昨年末の報道から気持ちが萎えて気分が上がることなく今に至っているという現状。
れんくんの報道じゃないのにと思われるかもしれないけれど、2人組であるとそう簡単に見て見ぬふりは出来ない。
れんくんを応援してきて10年以上経つが、ここまで
モチベーションが下がったことはなくて、我に帰る瞬間が増えた(誰かのファンで在る瞬間は現実を忘れた方が勝ちだと思う)と言うか“もういいかな”って思うようになったと言うか。
私にとってれんくん達を応援することは趣味だから楽しむために見ていて聞いていてCD等を買っていて、私の中でそれは応援してる人達がアイドル活動を積極的に取り組みアイドルを全力で全うしてくれる前提があってのことで、その前提がまだ若くて大事な時期早々に崩れるのであれば「もういいや」という気持ちになる。
れんくんが出演していたドラマも私の好みではないものばかりだったのも相まって完全に応援する気が削がれた。
一応ドラマもCDも歌番組もチェックしてるけれどたぶん前より浅い。
そんな風に過ごしてきていて、でもれんくんのことは変わらず好きではいる。勝手な話かもしれない。
だから、合同コンサート欠席からの怪我の発表があった時は何も手につかず丸一日気が気ではなかった。
メールが届き「ながせのつぶやき」が更新された時、ひとまず文章を考えられるくらいには無事だったんだと安堵した。
とは言うものの、ずっと心がソワソワしていてどこか落ち着かなかった。
色んなことがあるけれど、ファンを辞めた方が良いのかもと思う時が少なくないけれど、私はれんくんのファンで居たいのだと改めて思う。



そういえば、れんかいはまだ若くて芸歴(デビュー歴)も浅くて人脈も限られているだろうにエージェント契約にしたことは本当に驚いた。
株は2人で持ってるとか他の人が入ることはないとか、そこまで説明する必要はないのに全部話して安心させてくれるところは昔から変わってないなと思った。


ROTの密着もれんくんは相変わらずカラッとしていた。
唯一違ったのはかいちゃんへの愛情ぐらいかな。前より愛が大きく(ちょっと重いけど 笑)そしてこちらに伝わるほど表面化している。これは良いことだよね。
あと、衣装に拘って誰よりも時間を掛ける姿も。カットされていただけで以前もあそこまで悩んでいたのかもしれないけど。

「俺がやりたい」「廉がやりたい」じゃなくて「キンプリというものがあって」「今キンプリがファンに何を見せたら良いのか」
かいちゃんがキンプリとしてファンに何を見せたら良いのかを考えるようになったと話していて、もうそれ前は演者側がやりたいことのみをやってたってことじゃんって思ってしまった(苦笑)
だからこれまでは纏まりなくとっ散らかっているようにこちらには見えた感じたんだろうなと納得した(苦笑)
逆にピースはちゃんと一つのテーマを最初から最後まで感じられたので余計にそう思う。

「並んで行くでしょ?並んで行きたいの」「並んで行こう」
れんくんが「前に出るのはライブで初めてのところだから」と話していて、2人で一つと言うか2人は対等と言うか2人一緒に歩んでいる覚悟を形にしてこちらに見せようとしている気がして(新生King & Prince初めてのツアーで新生King & Princeの名刺代わりのコンサートだし)大切にしている今のKing & Princeを見せたいという気持ちが強かったのかなと。
こう語るれんくんの横でかいちゃんは不満げと言うか理解が追いついてない顔をしていて、それでも断固として当然であるという雰囲気でれんくんは畳み掛けるように話していた。
振り返っても意見は変わらないと話すれんくんから意思の固さを感じ、いつも譲るタイプと言うかあまり意見を言わないタイプのれんくんが譲れない譲らない瞬間を見て、当たり前だけど2人でやって行くことに本気なんだと思った。普段とは違うれんくんでなんだか忘れられない場面。



れんくんはアイドルとしての意識(プロ意識)と言うより仕事としての自意識が強い気がしている。
プロ意識というガチガチに固められたファンが望む360度完璧(徹頭徹尾)アイドルとは異なると言うか。
だってアイドルの割には下ネタを言ったり適当な言動も多々あったりする(笑)
自分のことを過度に繕わず良く言えば飾らない姿で居る。
そこが好きなところだけれど時に心配でもある。
最近ほんとに難しい…。




物事も関係性も一面だけでは語れないし究極何事も全て繋がって地続きだし真実や本心なんて本人にしか知り得ないのに。
知り得ないと言うか本人のモノなので勝手に語りすぎる(まるで本人かのように語る)のは失礼な行為だなあと最近思ったところ。これは自戒も込めて。


■







ずっと靄がかかった状態で応援を続けるのはベストなのだろうか。


うちあげのことちゃんと書けてなかったけれど、今のところなんだかんだ節目にお顔を見に行くことが出来ていて幸せだなと思う。
とは言え、モヤっと感は今も完全には全く消えてないけど(苦笑)

挨拶で終わりだと思ったら、会場が暗くなってMVが流れ始めたので、何かある?と大人しくMVを鑑賞し終了後はアンコールをしながら待った。しかし、結局ただ待たされただけ。
あげくさっさと帰れと言わんばかりの追い出すかのような口調で退場を促され、ほんとあの時の「え…?」みたいな現場の空気はやばかった。不完全燃焼。

最後に流した MVなんてYouTubeでも見れる。約7分間の垂れ流しは本当に今でも消化出来ない理解できない…しかもその間に配信のみに新しく製作したMVを流したと知ってさすがにイラっとした。
本来イベントなんて配信されないこともあるものだから配信があるだけでも優遇されてるのに*1それ以上の優遇や配慮をすると歪みが出来てしまうのになんでこんなイベントにしたのか理解不能。
それなのにツアーではアンコールの声が少ない小さいとか言ってるのを見て、なんだかな…と思ってしまった。
ツアーの後半れんくんはだいぶファンサが復活してて、するのは良いけど、かいちゃんが立ち位置に戻って来てるのにれんくんはまだファンサに夢中で、2人しか居ないのにそれはちょっと…と閉口した。
2人は平等や平和と言うけれど、意味を履き違えてると言うかこちらが望む・求める意味と2人の考え方が違うんだろうなあと思う(苦笑)


この一年辞めた側のファンからのれんくんに対する誹謗中傷は止むことはなく、でもこちらが言い返したところで同じ穴の狢と言うか同レベルになると私は思ってるのでスルーし続けてきた。
最近はツアー中の発言まで揚げ足を取られ重箱の隅をつつかれていて嫌気がさしていたところに、5人時代はイジメられてたという主張をする永瀬担が現れ始めて最悪展開。
色んな出来事があったのに全てすっ飛ばしてイジメ!やっと2人になってそういうのがなくなった!と主張することは理解できないし、今更そんなことを色々言ったってもうキンプリに居ない人もいるのに何の意味があるの?と思う。それを言って広めて何がしたい?全くもって意味ない生産性もない無駄。むしろその2人の担当から叩かれる火種を生んでるだけ。ほんとやめてほしい。

当時もハブられてると騒ぐかられんくんがフォローのために言葉を口にしたこと忘れたのだろうか。そうやって騒ぐことでれんくん自身に負担かけている。
いくら騒いでももう過去のことで過去の言動は塗り替えられない。
昔と比較してでしか物を書けないのか。れんかい最高れん最高だけで良くない?なんでわざわざそこに以前は〜だったって付け足すのか不思議。
まぁ誇張した表現を使ったり過激なことを言うとウケて拡散されやすいんだとは思う。
でもこういう意見を書いたらフォロワーが減ったので私の方が少数派なんだろうね(苦笑)

とは言え、私も5人時代全てがよかったとは思ってない。でもれんくんが楽しかったとするのならそれを尊重したい。*2
2人になってもファンの言い争いに辟易とするのは変わらないんだな(苦笑)

これらのことを含めて気にしないようにスルーしていてもこの時代完璧に情報等を遮断することは出来ない。
今は2人組を応援することの怖さを強く感じている。
わかっていたつもりだったけれど、2人組はきつい。
厳しさや危うさを実感させられた。
相方の一挙一動に物凄く左右される、影響を受ける。
グループごと潰れる可能性だってある。
2人しかいないのでどちらかが傾けば何かあれば片方の比重が大きく多く重くなる。
前以上に預け合うもの背負い合うもの支え合うものが増える。
もう代わりになる人はカバーする人は1人しかいない。
もちろんそれはれんもかいもお互いに。

この一年ちょっと自分の感情を騙し騙し誤魔化して応援し続けてきたけれど(有り難いことに供給が多く息つく暇もなかったとも言える)やっぱりグループとして不安定な状態であること、不安が付き纏うことには変わりないんだなと。
よほどのことがなければ私は平気なタイプなのだけど、去年の1104からなんとか精神を保って絶望の縁を回避しながら瀬戸際をギリギリで進んできた身としては色々ありすぎて疲れてしまった。
不安と危うさを感じながら応援するのは本来の趣味の範囲を超えている。
応援するのもこちらの勝手、まだアイドルで居て欲しいと望むのもこちらの勝手。
20代(特に前半)のうちはアイドルであって欲しいと願うのもファンのエゴになってしまうのかな。
そんなの痛いほど理解している。
しかし、さすがに疲れた。
ここまでの鬱々とした気持ちを今まで抱いたことがない。限界なのかもしれない。
れんくんのことが大好きなのは応援したいのは変わらないのに気力がなくなってきている。
けれど、突き詰めると別にファンの存在なんてなくとも彼らの仕事(俳優業・タレント業)は回る。
そうなると神経をすり減らし精神を消耗し疲弊するのは本当にこちらの勝手で、あくまでこちらの問題(都合)でしかないのだろう。


今年の5月23日以降、デビューしてから今までで一番楽しい日々を過ごしてきたとは思っている。
12月にもツアーに入って、2人がステージに揃う瞬間ほど愛おしい一瞬はないと思った。2人のパフォーマンスをまだまだ見たいと思った。
だけど、今は“不安と恐れ”の方が勝っている…。
そのうちこの複雑な気持ちが晴れる日は来るのだろうか……




*1:しかも今回はアルバムを購入して応募&抽選、複数枚買えば買うほど当たる確率が高いという事実

*2:たとえ真実や心の内がどうであれ。

諦めと祈り 恐れと願い



ここ数ヶ月に感じてることを一気に書き出したら長くなってしまった 長すぎる(苦笑)長いので読みにくいし最後まで読む人居ないだろう(笑)
ちなみに、もうずっと『れんかい』しか見てない。







うちあげの終わり方(最後のYouTube垂れ流し等)に不満はあるものの(苦笑)やっとれんかいから対ファンへの普通のトークと言うか声が聞けたと思った。
ツアーの挨拶はどの回も胸を打つものばかりで、聞くたびに見るたびに大好きだという想いが強くなる。
ただそれらは常に責任と覚悟といった重みが伴っている。
そういった責務のようなものをうちあげでは感じられず、以前のように楽しく明るく話していて、その様子を声を生でこの目で見ることが出来て嬉しかった。
企画の合間はほのぼののびのびしていたし、話したいことを話して、これからの展望を話してくれた。
特に畏まる訳でもなく普通に自然にいつものテンポとトーンで今後(来年のこと)を話すのは久しぶりで、本当に嬉しかった。



ツアーで見たれんくんは頼もしく見えた。
後ろ姿が背中が頼りたくなる雰囲気だった。
環境や立場は人を育てると言うようにまた一段と頼もしくなった気がする。
ドリボを終えた後やクリエを終えた後自分達の帝劇を終えた後に感じた成長や仕事人っぷり、その姿に感動を覚えたその時に近い感覚。
でも今回の過程はそんな素晴らしいものではなくて環境の変化により頼もしくさせられた(変化が頼もしくさせた)のかもしれないなんて思うとその頼もしさや成長にちょっぴり苦味を覚えた。



れんくんは話す機会を設けられることが多く、自然とこの一年について聞かれることが多くなる。となると否が応でも話さなくてはならない。そのため何でも話すと嫌味を言われることもしばしば。
そんな中で今年になってから「俳優業はキンプリ(グループ)のため」とインタビューを受けたどの媒体でも話している。
聞かれるからなのもあるだろうけれど、今まで以上にわざわざその言葉を言っている*1のは、それほど感じていることがあるのかもしれない。アンチやファンから言われていることを多少は把握しているだろうし。
だからこそ今改めてはっきりと言葉にしておきたいのではないかと感じる。
れんくんの一つ一つの言葉に託す気持ちや意味が以前よりも濃くなっているように思う。こちらの受け取り方次第だけれど。


言葉と言えば、最近かいちゃんについて「相方」「微笑みますよね」と表す・語るようになった。
その言葉の数々から、以前よりストレートな表現になったことから、れんくんにとってかいちゃんは掛け替えのない唯一無二のパートナーになったのだと実感する。小競り合いをする相手でもジュニア時代から一緒にいたメンバーでもなく。
言葉にすることが苦手なれんくんが、2人で活動を始めた時には照れて言葉を紡げなかったれんくんが少しずつ真っ直ぐ話すようになってきている。
この半年を通して、それくらいかいちゃんが隣にいることが愛おしく大切で心強いと感じる日々なんだろう。
「いろんな気持ちを分け合ってる」とまで話していて、他人(ひと)の深層にある心情は触れられないと泣いた日々は過ぎ去り、見せたくないとも話していた自分の感情を分けても大丈夫だと信じる今を手に入れたんだなと胸がぎゅっとなる。
直近の雑誌やTVでは「夫婦」「一連托生」などと言い、れんくんからかいちゃんに向けられる言葉がラブコールみたいになっていて動揺すると言うか若干の束縛が感じられてどうした?!となる(笑)
かいちゃんについての表現にどこか重さを感じるのは今回で失うことの怖さ・痛みを知ってしまった所以かもと思わなくもない。
まぁれんくんの中でしっくりくる感覚の言葉がただこれらだっただけのことだろうね(笑)

そして、その分かいちゃんの隣に立つ自覚も強くなっただろうと思う。
今まで相対する位置に居ることがほぼなかったからこそ芽生えた意識や気持ちがあるのではないかと。
“海人のダンスまで見劣りするかもしれない、海人の武器であるダンスの評価が下がってしまうなんて許せない”という話からも感じる。
2人になったゆえの覚悟と隣に立つことの自覚。
でも、れんくんがこう思うようになったのはかいちゃんが“ダンスを好きになって”“楽しんで”“かっこいい”と根気よく伝え続けたからでもあるはずだとも思う。

日頃からかいちゃんのことを認めていると言うか凄い!と感激しているれんくんが「海人とは平和な関係性を保っていたい。海人とは勝ち負けを決めるよりも認め合いたい存在だから。」と話すのも立ち位置が常に隣になったことが関係している気がする。
認め合う=かいちゃんに認められたいという気持ちがどこかあるのではと意地悪なことも思ってしまうが(笑)
とは言え、かいちゃんもれんくんを褒めてくれてることが多い。
それに割と個人仕事もチェックしてくれていて、れんくんにもファンにも“廉のこと見てるよと”と直球もしくはさりげなく教えてくれる。
認め合いたいと言うのは対等の関係性であることが前提。
対等でありお互いを尊重する。
かいちゃんにとって(れんくんにとって)隣に存在する人がれんくんしか(海人しか)居ないということ、隣に立つことの意味や意義をれんくんはこの半年でかなり感じていそうだと思った。

そう書きながらも、脱退の諸々で認め合う(相手を認める)ことがより一層大切だと感じたのかもしれない。
そう思うと何とも言えなくなる…
だって話し合うことが必要だと感じ、話すことを意識的に増やしたと公言している。お互いの考えを擦り合わせ、聞かれたことへの言葉やニュアンスは違えど2人も同じ一つの答えを提示するようになっている。
だから公言するということは今までを振り返ってみて必要だと感じたのではないかと思ってしまう。
かと言って、以前が出来ていなかったとは思わないけれど。
それでも他メンにどこか遠慮や内側に抑える留めておく面が多かったのかもと思う。*2
逆に言えば、かいちゃんとなら認め合う関係性や雰囲気を築けると信じている、と言うか思ってるんだろうな。


「周りからのちょっと触れづらいって空気を感じる機会も多かったと思う。そんな時2人で一緒に現場にいると気持ちを半分こしている感覚でちょっとラクになれたんだ」という言葉を読んで、1人で話し1人で様々な想いを受け止めたラジオはどれほどの負荷が掛かったのだろうか…と改めて胸が締め付けられる。
一年経ってあのラジオについて聞かれた時、話すまでに数秒間沈黙があったという。
慎重に取り扱いたいことであり進んで話したい事柄ではないのだろう。当然だよね。
だからという訳ではないけれど、やはりかいちゃんが隣に居てくれてよかったと思う。
「廉のラジオに救われた」という言葉でれんくんがラジオで1人で語った意味があったと思っていたらいいな。
「救われた」とれんくんに直接伝えることの出来る距離(側)にいる人、これからも共に歩んで行く人からの「救われた」は誰よりもれんくんに大きな力をもたらすだろうから。
私は庭ラジでれんくんの話(気持ち)を聞けたこと、当時も今もよかったと思っているけれど、やはりその負担や反響は良くも悪くも物凄くて、れんくんにきつい思いをさせていないかと気になるところもあった。
だから少なくとも私はかいちゃんの救われたという言葉に救われたんだよ。

れんくんに「いろんな気持ちを分け合ってる」と言い切れる相手が側にいること、仲間であること、何よりも強いはず。
感情を分け合えるのは相手も同じ想いであると信じ相手を信頼している証拠でもある。

2人での今を楽しく感じていて未来を描こうとしている今が、続けることを決断しながらも意味があるのか不安を感じていた初めの頃より少しでも(2人でやって行くことに)自信を持ち意味や意義を見出すことが出来たという表れであれば私は嬉しい。
最近改めて『続ける』という想いを持った人が2人いたのは、れんくんとかいちゃんの意見が一致したのは、奇跡だと感じている。

それに、仕方ないと諦めに近い割り切りを選択したれんくんがかいちゃんとなら出来る・築いていけると信じ直せた。
本当に凄いことだと思う。
だから、少しでも長く、せめてもうしばらくは続きますようにと願わずには居られない。




*1:私の体感だが

*2:れんくんはメンバーカラーや選曲等でいつも全体のバランスを考えていた

キミが想うよりもボクはキミを想ってる



1104からあっという間だったような長かったような。正直精神的に疲れた半年間だった。とは言え、れんかいはグループでの話し合いを含めて考えたら少なくとも一年はあってずっと抱えていたんだと思うと半年なんて短いのかもしれない。
5月は解散セレモニーのようなムードが漂う番組出演が多く、複雑な気持ちだった。半年間一部のファンが異常に荒れていたところにそのムードが流れ込んだからなのか、5月はヲタクによる推測やお気持ち代弁というヲタクの妄言でしかない言葉がSNSに溢れていて、鬱陶しくて仕方なかったし、だからこそれんくんの言葉を聞きたくなった。
そう思っていたところに、King & Prince 5周年の記念日である5月23日に生配信が行われることになり、れんくんの話を見る(聞く)ことが出来た。
「デビューした時からKing & Princeとして活動して行くと腹を括ってた」とれんくんの口から聞けたのはよかったな。デビュー後の言動を見ていて覚悟を決めたのかもと思ってはいたけれど、本人から聞けたのは大きい。
それと、2人だからなのか以前よりもれんくんがボケて盛り上げようとしてた気がした。とは言え、庭ラジでは割とボケてるからいつも通りなのかもしれない(笑)意外とボケたがってるところあるよね(笑)
でも先に挙げたこととか大事なところは外さず話していて、れんくんのお顔を見れて言葉を聞けてよかったと思った。やっぱり本人から知ることが出来ると安心感が違う。

そして25日の庭ラジ。れんくんから改めてファンの皆さんへメッセージという予告に脱退退所について語った際の3人のファンからの強烈な批判を覚えていたので不安になったけれど、れんくんの話(気持ち)を聞きたくなっていたからベストタイミングだった。
収録は5月21日。オンエア日の4日前という近々の収録かつ5人での歌番組ラスト出演を終えた翌日。時差があまりないうちに話を聞けるのは有り難かったし、その分聞いていて感じるモノがいつもよりなんだか近くにある気がした。
キンプる。2時間SPの新潟での花火について「あの時間がずっと続けばいいなって思ってた」と話す声が震えていて何とも言えなくなった。
ファンからのメールをせっかくだからたくさん読むとし、どんどん読み進めて行くけれど、途中で読む声が震え小さくなる 言葉が詰まる、ここで泣かないと決めているのか明らかに涙が滲む声だけれど、すぐにいつも通りの声色に戻そうと努める。その繰り返し。
そこに「11月4日」という日付が出てきた瞬間、持ち直していた声が一気に崩れた きつかった。振り返りながら話すことで感情が蘇って声が震え泣きそうになっていると音声のみでも伝わってくる。
そんな心の状態なのにこれまでの番組ではカメラの前では笑顔を保っていたのだと思うとプロすぎる…。偉かったね。
5人での歌番組ラスト出演の時に泣かないように目頭を押さえたり下や上を向いたり口を強めに噤んだりして耐えようとしてる姿は見ていてつらかった。だって涙を流さなくとも全然心は泣いてた。よく務め上げたね。

れんくんは「こっちが感謝だ」と言うけれど、こちらこそ本当にありがとうと思う。
半年間れんくんが優しく在り続けてくれたおかげで、続けると決めてくれたおかげで、私は自分の気持ちもれんくんも見失わずに済んだ。だから、ありがとうと言いたいんだよ。

「『なんで5人じゃなくなるんだ』『おかしいだろ』とかそういったメールが来ると思ってた」「読む覚悟をしてた」と話す。
万が一届いていたとしてもスタッフさんが読ませないだろうけれど、そういう意見が来ると認識していたのだな。ということは、その認識で半年間活動していたんだよね。
「ありがとうのメールばかりで」「半年間つらかったと思うのにありがとう」「違うやん感謝するのはこっちだから」と涙の滲むような震えた声で言うれんくんに胸が苦しくなった。
「未だに受け入れられない人が大多数だと思う」とか「ジュニア時代から応援してらっしゃる人も居ると思う」とか全てを内包していて、抱えられるものは出来るだけ掬い上げようとする。
ファンからのメールにあんなに真摯に応えようとしてくれるなんてね。
聞いてて涙止まらなかった 苦しくなった。
れんくんはこの半年間ファンがどういった心持ちで過ごしてきたか様々な人がいることもわかっていると言うかそこも覚悟して臨んでいるんだなぁと、全て背負い込むつもりか。

今回の庭ラジを聴いて多くのファンがつらつらとれんくんに対する想いやれんくんを褒め称える言葉を書き連ねているが、私はまだ明文化すること(言葉にすること)は出来ない し、今後も出来る気はしない。
れんくんの言葉を聞いてれんくんの教えてくれる気持ちを受け取り感情を浴びる飲み込む そうすることのみが最良だと思っている。他に何かを考えるよりももたらしてくれた言葉と気持ちだけを自分の心と記憶に残しておきたい。
まぁ私のキャパシティ的にそれが精一杯なのかもしれないが(苦笑)
ただれんくんをぎゅっと抱き締めたくなった こんなヲタクからは不要だろうけど(笑)周りの人に抱き締めてもらえてるかな。

れんくんの優しさと言うか真摯に向き合い応えようとする姿勢、5人に向けられた愛情、全部悪いことではないのになんだか終始とても胸が苦しかった。
でも、その選択がその人にとって正解になるか正しいことになるかはその人次第、要は選んだ答えを正解にするかは本人次第と私は常々思っていて、だかられんくんからそういった言葉を聞けたのは個人的に嬉しかったな。
それと、私はれんくんの後を着いて行くのみというスタンスで応援しているので「後を着いて行って」と話しているのも嬉しかった。

最後にれんくんが「10周年もとても最高で幸せでしたと言えるようにしっかり一つ一つの仕事に向き合って活動していきたい」と話していた。
私はれんくんが関ジュの頃から応援してきて10年経っている。
その10年間良いも悪いも本当に色んなことがあったけれど、それでも楽しくて幸せという気持ちが最終的に勝ってる。
だから、きっとキンプリが10周年を迎える時も幸せな気持ちでいるはず。
これからも応援させてね よろしくお願いします。



それぞれの選択した道を全力で楽しめるし、その選択が一人ひとりが正しかったっていう風に思わせられる能力の力のある人達やから。近くで5人で過ごしてて一番感じてるし、5人の俺らのファンの人は安心して好きな人の後を着いてってもいいんじゃないかなと思いますね。
全員で幸せになりましょう。
それぞれ後悔しない道を選んだのでそれぞれのファンの方々が俺らに着いてきてよかったと思えるようなことを俺はしていきたい。
どういうことをするにしろ俺はずっと3人の味方でいたいなと思っています。
1日でも皆様が笑顔になれることを願ってます。
そして引き続き頑張ります。

世界中探しても君は君しかいないよ


2023.4.3

最近時折昔のれんくんを思い出す。最近と言うか発表以来。一旦一区切りになるようなものだから、ここまで来たれんくんの歩みに思いを馳せるようになった。
照れ屋で恥ずかしがり屋で天然で可愛くてかっこよくてクソガキで。今のキャラクターからは想像できない姿ばかり(笑)
東京に活動拠点を移し始めた頃、東ジュの中にいるれんくんを見てスキルの差を感じこのまま埋もれるかもしれないと不安になった。だからこそスタートが個人の特性や在り方を大事にしてくれるあたたかな関西でよかったなと強く思ったりもした。
それから東京で活動して行く中で、れんくんは良くも悪くもどんどん変わって行き、言動の酷い時期は不安定さと危うさに悲しさを通り越して怒りを感じた日々もあったね(苦笑)
様々な誘惑があり影響も受けるだろうし、環境の変化が目まぐるしく仕方のなかったことなのかもしれない。
だから、いつ終わりを迎えても不思議ではないと思っていたので、アイドルとして生きると覚悟を決めたと知った時は驚いた。
そして、決めた分(なのかはわからないけれど)デビュー以降はひたむきに走り続けている(ように見える)
多感なジュニア時代を経ても変わらないところの一つは弛まぬ努力だと思う。
足りないところを補完する作業であり自分自身に勝つためで特別なことではないとれんくんは話すけれど、努力に裏打ちされた表の姿は最高のものばかりで、それを何ともないことかのように12年間続けてきたのは凄い。
最近で言うと、声のお仕事も一つ一つの努力の積み重ねによって巡り合った作品だと思う。
そしてまた新たな努力する機会にもなったと思う。声の張り上げや滑舌、俳優(演技)のお仕事とはまた違っていて苦労したという。
『声が新たな武器にまでなりました。いくら武器があっても闘う場所がなければ意味がない。場所を与えてもらえて初めて発揮することができる。期待を背負いながらあ求められるものに応えようと努力するうち、それが自信になって、自分とグループの土台になっていく。』
目の前に与えられたものに対し真剣に向き合いひたむきに努力を続けた結果チャンスをもらえると考えているような発言で、習得した技(スキル)を披露する場がなければ意味がなく発揮させる場を与えてもらえてるという感覚でもあるのだと思う。
それらを簡潔に纏めると「流れに身を任せる」になるのかもしれない。
目標を決めないもそうだけれど、微妙な表現と言うか言葉が足りないのもあって「流れに身を任せる」という言葉だけが先行し一人歩きをしている気がする。
目標を定めないのも定めたら自身の幅が狭まる・頑張り続けたら何かに(次に)繋がる・機会(場)がもらえるという意味だったと後々わかったことだった。
自分に懸けて与えてもらえるということを大事にしているのかもね。自分の職業はそういう仕事だと思っているのかも。
一つ一つの仕事を通して自分が他者からジャッジされている(見られている)可能性も考えていそうだななんて思う。
れんくんも「誰かに見てもらえているかも」というように「かも」を付けていたので常に誰かに見られている(見てもらえている)とは限らないだろうし誰も見てない可能性だってあるだろうけれど、仕事をしてる姿を良いと思ってもらえること・評価されること・期待されることを厭わずポジティブに捉えエネルギーに変えてる感じがして凄く良いなと思った。
そう捉えられるのは精神が健やかである証拠だろう。

そういえば、昔は力んで空回っていたことも多々あった。
ここ数年で力を抜いた方が良い塩梅で出来ると気付いたそうだけれど、以前は空回っていたと本人も認めている。
昔に玉森くんみたいにありのままで居られるような人になりたかったと話していて、その時過去形であることに胸が痛んだのだけれど、最近のインタビューで玉森くんのような在り方を目指していて同じように出来てきていると話していてなんだかほっとした。
その在り方をれんくんの場合は『省エネ』と叩かれるし、本人も省エネと言うけれど(苦笑)
確かに、見ていて時々ちゃんとして!!!と思うことが無きにしも非ず(苦笑)
でも、力の抜き方を覚えたことで気負いすぎず何事にも前向きに取り組めているのであれば、アイドル永瀬廉としては間違ってないのかもしれない。

そんなことを言いながらも『自分に期待してくれてる誰かの期待に応えたいという思いで自分を奮い立たせてるところがある』とも話す。
この心意気は求められる職業であるアイドルとして大正解。
とは言え、こういった思考や期待自体が重荷になることもあって。こう言えるのはとても強い。
期待は重みがあるうえに勝手に寄せられるものがほとんどなのにそのために頑張ろうと思えるなんてかっこいい。素敵。大好きだ。


『ザ王子様なキャラクターではないので王道のアイドルとは少し違うかもしれません。どうしても素が出てしまいます。』『ずっと好きでいてもらえたら嬉しいですが、僕の素が出た言動で嫌いになってしまったら仕方ないと思っています。だからこそ、今僕のことを好きでいてくれる人を大切にしたい。』
3年前の庭ラジで『いつ嫌いになられてもしょうがないと思うし、だから皆さんが自分が応援したいと思ってる時は永瀬廉という人物を出来るだけ愛情を注いで頂いたらなと思います。』と似たようなことを話していたのを思い出し、そして一昨年〜去年にかけて雑誌で話していた内容とも重なると感じる。
れんくん本人が「ずっと変わりません」と言っているように変わってない印象を受けながら昔以上にファンへ手向ける姿勢(言葉)は柔らかく優しくなっているなぁと思う。
自分と線引きをしてもファンに向ける想い(言葉)や関係性をファンと強く結んで保とうとしてくれるように(見える)なったな。

それでも、俳優にシフトするのだとしたら年に一回も見れなくなるんだろうなぁと勝手に考え込んで勝手に淋しくなってしまう。
一方で、混沌としたヲタクの諸々を見かけてはますますヲタク嫌いになるだろうなとかこんなヲタクが多いのなら接する機会は減った方が良いだろう 本人も楽だろうとも思う。
そんな中でツアーを行うことに意欲的な姿勢を見ると思わず期待してしまう。
しかし、その期待も本人の負担になるのかもとも思うし、こちらの気持ちを汲み取っての発言の可能性だって大いにあって優しさを感じつつどこか空虚な日々が私の中で実は続いている。

彷徨う時はれんくんのインタビューを読み進めるのが一番。
ターニングポイントがANOTHERと弱ペダなのは変わらないし、コンサート(ライブ)が一番好きなのも変わらないし、繕わないのをモットーにしてるのも変わらないし、ずっと一貫している。
我儘だけど変わって欲しくないと願っていたれんくんの根底に流れているものは変わっていないと再確認できた。


永瀬廉さん、入所12周年おめでとうございます。
アイドルを続けると選択してくれてありがとう。
13年目楽しいことで溢れていますように。