いつか記憶から零れ落ちるとしても

思いやりのある優しい男の子

月と月


コンサートの感想の前に



福岡での出来事。



フューチャーワールドの話が出た時
れん「懐かしいな〜俺ら(れんかい)何してたっけ…?」
紫耀「れんは受験!(れんくんに向かって指差し)」
れん「そうか!受験か!!!懐かしいな!!!」(テンション爆上がり)


2人だけの世界
紫耀「ガチ!(本当という意とグァッチをかけてる)」
れん「そういう使い方もあるんや(笑)」
紫耀「ガッチ!」
れん「ガッチ!」


セット裏 コンサートが始まる前
紫耀「“福岡頑張ろう!”ってマイクオフで言ったのに誰も反応してくれなかった…」
れん「?俺は言ったで、俺は!(頑張ろう)おー!って」
紫耀「!!!さすが!!!」
れんしょお互い歩み寄ってハイタッチ!





波長が合うと言うか2人が呼応してる瞬間が多くてびっくりした。
需要に応えるつもりはさらさらないと思うから余計にびっくりする。



受験期なんて冷え切っていた頃のことなのに即座に出てくるところが長い付き合いだし、なんだかんだ相手のことをちゃんと見て覚えてるんだと思わされる。
それでも当時の関係性を思い出すと、何とも言えない。
なのに紫耀さんは即答できるくらいちゃんと覚えていたなんて込み上げてくるものがある。
一方、当の本人であるれんくんは完全に頭からすっぽり抜けていたみたいだった(笑)

本人以外に本人のことを覚えている人が居るというだけで嬉しいのに、それが紫耀さんであるから更に嬉しくなってしまう。
「気にしてない」と言いながら、本人が忘れてることも覚えていて、れんくんが過ごした時間が紫耀さんにも刻まれていて、それは共に歩んできたことの証明でもあり、尊く愛しく感じる。



「さすが」という言葉が出て来るのも嬉しい。
嬉しいと言うか、他の言葉や反応でも良いところを「さすが」と解(り合って)る感を出して来るところに、だてに長い付き合いではないことがわかって、あぁれんしょ…となる。
言動がシンクロする瞬間、相手の考えていることがわかるというような。それこそ信頼とも言える。



だけど、oh my girlのれんしょタイムの時はお互い“特に意識してませんよ”みたいな雰囲気を前面に出していた。
何なられんくんはただの紫耀さんの肘置き化。
ところが「きゃあああ」と歓声が沸き起こった瞬間、つい頬が緩んでしまったれんくん。
口の端が綻ぶ。可愛かった。
歓声を浴びるのが好きだし、れんしょを求められてることを知ってるから、あんな風に緩むんだろうな顔。
ほんの少しの照れ臭さも混じっていそうだった。


当然綺麗にカメラに抜かれていた。
天下を目論むことが出来る顔だった。
力強く美しかった。










不思議だった。
程良い距離(仲)になったことは知ってる。
きっと狙ってる訳ではないと思う。
だからなんでここまで息が合ってるのかと驚く。
こんなことをツイートしたり書いたりすること自体野暮なのかもしれないし、ファンとして2人のことをわかってないのかもしれない。




今回の「れんは受験」もそうだけど「れんはイチニサンで1月23日(誕生日)」とかちゃんと紫耀さんの頭の中にれんくんの引き出しがあると感じられる瞬間がすごく好き。
前にも書いたけれど、いくらでも作り変えられる言葉よりも頭と心に刻まれているであろう記憶にちゃんとれんくんが収められている。
そうわかって嬉しい。




デビュー以降組み合わせのパターンが増えた。
けれど、私の中では変わらずれんしょは特別。














特別でもあり大切。
小さな宝石箱にそっとしまっておきたい。
繊細で脆くて壊れやすいからめったやたらに触れることが出来ない 触られたくない。

昔から忘れられない守りたい魅了する煌めきや愛しさがある。
大事に大事にしたい、と言うか、して欲しい。





と言うのもきっと私のエゴ