好きだよ 好きだよ



20日も松竹座に行って来た訳ですが、結局のところ「好き」しか出て来なかった。
こう書くと悪いことのようだけど、何て書けば良いんだろう…好きすぎて「好き」という気持ちや言葉でしか表現出来ないというか‥‥
前に夢中になればなるほど抽象的な印象しか頭に残らなくなると述べたけれど、それに近い。
公演も終わりに近付いてるということで、こうやって当たり前のようにれんくんの毎日を知ること・れんくんを見たいと思った時に見ることはしばらく出来なくなるんだなぁと思うと、一つ一つの仕草や表情が尊く感じられた。
これが一番の理由かな。
大好きな人から発される言葉も足音も声色も息遣いも視線も、全部自分の肌で感じられるから舞台は好きです。
コンサートでも息遣いや声色を感じられるけれど、
静かな空間でしか聞くことの出来ない足音や呼吸。ファンに向けてじゃなく他の人に注ぎ込まれる何らかの感情を持った眼差し。喜怒哀楽を込めた言葉や声等。
全て本人から出されているものだと思うと本当に愛しい。
この感情を無理に言葉という形にしておく必要はないと思う。でも自分のツイートを読み返していると「好き」というパッションが止まらなくなって、とりあえずこの時は凄く好きだったということだけは残したくて記事にしてみた。

どっち?の二択に分かれた時れんくんは奥の方まで見えるようにイスを動かすことを覚えて実行していた。
前は紫耀さんがそれに気付いてれんくんのイスを動かしていたのだけど、もう一人で出来るようになってた。
そういう他の人へ向けられた観客の視線を意識するようになったんだね。
まだまだ自分のことや自分の周り(半径30cmくらい*1)にしか神経が行き届いてない時が多々あるけれど、ベクトルが自分以外に向いてることに対しての意識・認識は今のポジションにならなければ気付かなかったことなんだろうな‥‥そう思うと、成長したねと花まるをあげたくなります。

漫才は少し組み合わせを変えてみるとのことで丈龍に混ざっていたけれど、文ちゃんの時と違って少し2人の流れに入るタイミングを見計らっていたように思います。
もちろん2人の方もどう扱えば良いか探り探り気を遣ってくれてたと思う。
それでも思考を凝らしながら前向きに取り組んでいるから、それって大事だし素敵だなと再確認する。
そして改めて楽しんだり前向きに取り組んだりすることが出来る人でよかったと思う。
漫才の中で「レンって?」と聞かれた時にボクのことって無言で自分自身を指差す仕草は可愛いし、「れん要らんの…」ってしょんぼりするしおらしさはぐうの音も出ない程かわいい。
れんくんを『あざと可愛い』と思ったことがなかったけれど*2これはあざと可愛かった!れんくんになら転がされても騙されてもいいよ!(笑)
こんなスキルも身に付けてしまってる…!と成長?を実感しました(笑)

最後の挨拶は「残すところ、あと10回を切りました〜」と言っていました。
この前入った時は「半分終わりました」と言ってたから時が経つのは早いですね。
自由で適当でクソガキ悪ガキのれんくんだけど、その言葉を語る、その時だけはほんのちょこっと頼もしく見えました。


よくバカにされるけれど「存在自体がファンサだよ」という、本当にその通りで、「ステージに存在してくれている」そのことが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
このことを今まで以上に強く感じた公演でした。

残り8回、最後まで何事もなく無事に終わりますように。



*1:例えであって正確じゃないよ(笑)

*2:最近雑誌の写真では思うようになった

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